肝機能異常と診断された方へ
「肝機能異常」とは、血液検査でAST、ALT、ALP、γGTPが異常値になっていることを指します。他の臓器の病気でもこの異常は起こりますが、肝臓の病気である場合が多いため「肝機能異常」という用語が用いられています。
一時的な風邪や激しい運動でもこれらの値が一時的に上昇することがあり、再検査(精密検査)の結果「全く正常値だった」と判明することもあります。ただし、B型肝炎やC型肝炎などのウイルス性肝炎、自己免疫性肝炎や原発性胆汁性胆管炎などの自己免疫性肝疾患が原因の場合もあります。そのため、「たぶん大丈夫だろう」と放置せず、精密検査を受けることが大切です。
精密検査の最初の手順としては、血液検査と腹部超音波検査があります。
血液検査では、AST、ALT、ALP、γGTPを再度測定するほか、肝炎ウイルスマーカーや自己抗体などの特殊項目も測定します。腹部超音波検査(腹部エコー)では、血液検査では発見が難しい肝臓や関連臓器の物理的異常を超音波で観察します。
当院には肝臓専門医も在籍していますので、健康診断や人間ドックなどで肝機能の異常が発見された場合には、ぜひ当院へご相談ください。
なぜ肝機能異常を放置しては
いけないのか
肝臓は「沈黙の臓器」として知られており、肝機能障害があっても初期段階では自覚症状がほとんどありません。また、症状が出たとしても風邪に似た症状のため、肝臓とは気づきにくい場合もあります。肝機能障害は、進行すると全身の不快感、浮腫、食欲不振、吐き気、発熱などの症状が現れますが、これらの症状が出るということは病状が進行していることを意味し、やがて肝硬変や肝がんに至るおそれもあります。
近年では、肥満や高血圧などの生活習慣病の患者数が増えている傾向があります。
ほとんど飲酒されない方でも脂肪肝と診断される非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)の増加が問題視されています。
肝機能検査の精密検査とは
肝機能に異常が見つかった方に対して、より詳細な血液検査と腹部エコー検査を行います。血液検査の結果が問題なくても、より詳しい検査(精密検査)で異常が見つかることもあります。腹部超音波検査は、肝臓専門医をはじめ、消化器内科を専門とする医師が行います。肝臓だけでなく、膵臓やその他の臓器も注意深く観察されます。
肝臓の役割
胃腸によって食べ物からの栄養が消化・吸収・分解され、その栄養素のほとんどが肝臓で貯蔵されます。貯蔵された栄養素は必要に応じてエネルギーに変換され、身体活動に必要なタンパク質も合成されます。このように肝臓は重要な役割を果たしています。
肝臓は、脂肪やタンパク質の消化に必要な胆汁という消化酵素も分泌します。また、食べ物や飲み物に含まれる薬物やアルコールなどの有害物質を解毒する役割も担っています。
肝機能が低下すると、エネルギーやタンパク質が効率的に生成されなくなり、有害物質の解毒に支障をきたすことがあります。
検査結果の見方
AST(GOT)とALT(GPT)
ASTとALTはアミノ酸の合成に関与する、肝臓細胞で合成される酵素です。
肝臓が損傷を受け肝細胞が傷つくと、血液中にASTとALTが大量に放出され、血中濃度が上昇します。そのため、ASTやALTが上昇した場合は、急性肝炎、劇症肝炎、慢性肝炎、アルコール性肝炎、脂肪肝、肝硬変、肝がんなどの肝臓疾患が疑われます。
しかし、ALTは肝細胞に多く含まれるのに対し、ASTは肝臓以外の、筋肉や赤血球などにも含まれています。そのため、ALTの上昇が微量である一方で、ASTだけが急激に上昇する場合は、肝臓以外の病気も考慮に入れる必要があります。
γ-GTP
γ-GTP(γ-グルタミルトランスペプチダーゼ)は、肝臓、腎臓、膵臓などの臓器に障害が起こった場合や、胆汁の排泄経路(脳血管障害、胆嚢、胆管)に異常が生じた際に増加する酵素です。特にアルコールと関係が深く、日常的に飲酒する方はγ-GTP値が上昇しやすくなります。飲酒による一時的な上昇が疑われる場合は、1~4週間禁酒し、γ-GTP値を含めた肝機能が改善するか確認します。
γ-GTP値の上昇を伴う病気には、急性肝炎、慢性肝炎、肝硬変、肝がん、アルコール性肝疾患、非アルコール性脂肪性肝疾患、薬剤性肝障害、胆道疾患などがあります。
総ビリルビン
ビリルビンは古くなった赤血球が破壊されてできる黄色い色素で、肝臓で処理された後、胆汁として胆管から排泄されます。肝臓で処理される前のビリルビンを「間接ビリルビン」、胆汁中に排泄されたビリルビンを「直接ビリルビン」といい、これらを合わせたものが総ビリルビン(T-BIL)です。肝機能が低下すると血液中の間接ビリルビンが増加し、皮膚や白目が黄色くなる黄疸という症状が現れることがあります。ビリルビンの増加を伴う病気には、肝炎、肝硬変、肝がん、胆道疾患、体質性黄疸などがあります。
肝機能異常をもたらす病気
脂肪肝・肝硬変
脂肪肝は、主にアルコールの過剰摂取、肥満、糖尿病などが原因で肝臓に脂肪が異常に蓄積している状態です。初期には症状が出にくく、健康診断などで偶然発見されることもありますが、生活習慣の改善により進行を防ぐことが可能です。
一方、肝硬変は正常な肝組織が瘢痕組織に置き換わり、肝機能が低下している状態です。
脂肪肝が進行し、肝炎やアルコール性肝障害を併発することで発症します。
肝硬変が進行すると、水様腹水、黄疸、全身倦怠感などの症状が現れます。治療には早期の原因除去と適切な医療が必要で、肝硬変が進行すると肝がんのリスクが高まるため、早期発見と早期治療が重要とされています。
ウイルス性肝炎
ウイルス性肝炎は、A型、B型、C型、D型、E型などの肝炎ウイルスの感染によって起こる肝臓の病気です。A型とE型は主に汚染された食品や飲料水、二枚貝、ジビエ肉、内臓などを摂取することによって感染します。B型、C型、D型は主に輸血、注射器の使用、剃刀や歯ブラシの共有、刺青などにより、血液を介して感染します。
B型とC型は日本での持続感染者が多く、B型は110万~120万人、C型は90万~130万人と推定されています。持続感染すると、自覚症状がないまま肝硬変や肝がんに進行するリスクが高まります。これに対し、国から肝炎ウイルス(B型肝炎、C型肝炎)の無料検査や治療費の助成などの施策が講じられています。
肝がん
肝がんは、肝臓そのものに発生する「原発性肝がん」、肝臓内の胆管に発生する「肝内胆管がん」、他の臓器から肝臓に転移する「転移性肝がん」の3つに大別されます。肝がんは突然発症することは稀で、通常は10~20年以上にわたる肝炎ウイルスの長期感染や、アルコール性脂肪肝や非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)などの慢性肝障害が原因となり、肝硬変へと進行することによって肝がんを発症します。
したがって、肝炎ウイルス検査を受けたことがない方、大量に飲酒する習慣のある方、数年前から肝機能障害と診断されながら放置してきた方は注意する必要があります。
アルコール性肝炎
アルコール性脂肪肝は、飲酒によるアルコールの過剰摂取によって引き起こされる脂肪肝の一種です。肝臓がアルコールを分解する際に発生するアセトアルデヒドという有害物質が、活性酸素を介して肝細胞を傷つけ、脂肪の分解を阻害し、中性脂肪を肝細胞に蓄積させます。
純粋なエタノールを1日当たり男性で30g以上(ビール750ml、日本酒1合半、ワイングラス2杯半、ウイスキーダブル1杯半に相当)、女性で20g以上継続的に摂取すると、アルコール性肝障害を引き起こす可能性があります。ただし、肥満の方や、日本人の約44%を占めるALDH2不活性型(アセトアルデヒドを分解する酵素の働きが弱い先天的な体質)の方の場合は、少量の飲酒でも肝障害を起こしやすいので注意する必要があります。
アルコール性脂肪肝が進行すると、アルコール性肝炎、肝硬変、肝がんのリスクが高まる。そのため、禁酒や節酒によって悪化を防ぐことが重要となります。アルコール性肝炎の典型的な症状としては、食欲不振、倦怠感、発熱などがあり、肝臓が腫れると右上腹部痛、腹水(体内に水分がたまる)、黄疸が出ることもあります。
非アルコール性脂肪性肝炎(NAFLD)
アルコール以外の要因で起こる脂肪肝は、肝臓関連疾患の中でも「非アルコール性脂肪性肝炎(NAFLD)」として知られています。過食、運動不足、肥満、糖尿病、脂質異常症などが原因となります。肥満は近年増加しており、日本におけるNAFLDの有病率は9~30%、患者数は1,000万人以上と推定されています。なお、NAFLDには飲酒量の少ない方にも発症します。
NAFLDは進行しないことがほとんどですが、一部の症例(約10~20%)では肝硬変や肝がんに進行することもあります。この、ゆっくりと進行するタイプのNAFLDは「非アルコール性脂肪肝炎(NASH)」と呼ばれます。初期段階では自覚症状がほとんどないため、定期的な血液検査や画像検査で進行度をチェックすることが大切です。
自己免疫性肝疾患
自己免疫性肝炎は、免疫系の異常によって引き起こされる長期にわたる進行性の肝炎で、特に女性に多く、男女比は1:6となっています。原因はまだ不明ですが、遺伝的要因、A型肝炎ウイルスなどのウイルス感染、伝染性単核球症、サイトメガロウイルス、麻疹ウイルス、一部の薬剤などが誘因と考えられています。
自己免疫性肝炎と診断された患者様の約1/3は、慢性甲状腺炎、シェーグレン症候群、関節リウマチなどの自己免疫疾患や膠原病を併発しているのが特徴です。適切な治療を行えば、一般的に予後は良好ですが、適切な治療を怠ると、他の肝疾患よりも早期に肝硬変や肝不全に進行する傾向があります。早期発見と適切な治療が重要と考えられます。
薬剤性肝障害(薬剤性肝炎)
薬剤性肝炎とは、薬剤の使用により肝臓に異常反応が起こり、肝炎(肝臓の炎症)を起こす病態です。薬剤性肝炎は、抗生物質、解熱剤、抗がん剤、抗てんかん剤など、さまざまな薬剤によって引き起こされます。
薬剤性肝炎は個人差が大きく、同じ薬剤を使用してもすべての人に起こるわけではありません。患者様によって、重症度や症状も多岐にわたります。軽症の場合は無症状であったり、疲労感や消化不良などが見られたりすることもあります。重症の場合は黄疸(皮膚や白目が黄色くなる)、肝臓の腫れ、機能障害などが起こることがあります。
薬剤性肝炎の発症メカニズムは複雑であり完全には解明されていませんが、薬剤が肝細胞に直接作用することによる細胞への損傷や、免疫反応による関与が疑われています。
年齢別の一般的な肝機能障害
20~30歳代の若年層の方
ウイルス性肝炎(特にB型肝炎とC型肝炎)が比較的多いとされています。
一般的な感染経路としては、輸血、注射器の使用、性行為などがあります。
40~50歳代の中高年層の方
脂肪肝や肝硬変が増えています。肥満、過食、運動不足などの生活習慣が大きく影響します。飲酒によるアルコール摂取量の増加も一因と考えられています。
60歳代以降の高齢層の方
自己免疫性肝炎を発症する場合があります。この年齢層の方々は免疫システムの不均衡の影響を受けやすく、自己免疫疾患を発症する可能性が高くなります。
男女別の肝機能異常
一般的に男性よりも女性に、肝機能異常は起こりやすいとされています。
原因としては、妊娠中や更年期に女性ホルモンの影響で肝臓の代謝機能が変動すること、女性は下半身に脂肪がつきやすく脂肪性肝疾患のリスクが高いこと、アルコールの代謝速度が男性より遅いことなどが考えられます。
甲状腺機能亢進症(バセドウ病)
と
甲状腺機能低下症(橋本病)
肝機能は甲状腺機能に影響されることがあります。例えば、バセドウ病を含む甲状腺機能亢進症では、肝臓での薬物代謝が促進され、ASTやALTの値が上昇することがあります。
一方、橋本病を含む甲状腺機能低下症では、肝臓での薬物代謝が低下し、ASTやALTが低下することがあります。これらの数値は必ずしも変動するものではありませんが、甲状腺疾患で肝機能異常と診断された場合は、診察時に甲状腺疾患であることを医師に伝えておくと、より正確な検査や治療が行えます。